Together construct
“Thabang Basic Hospital, Jhakebang Rolpa”
a model of rural 15 bed hospital, upgrading from “Jaljala Hospital and Research Centre, Thabang Rolpa” (Estd. 2074)

日本の皆様へ

日本の皆様へ
2019年8月
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ネパール医療活動報告会のお知らせ
2019年9月15日(日曜日)午後1時から4時まで、高槻市生涯学習センター(高槻市役所隣)3階研修室、参加申し込み・連絡先:下田部健康を守る会:072-661-6688
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皆様のご支援のおかげで、2017年にこれまでのコミュニティヘルスセンターが病院として正式に登録され、2019年4月には、ヘルスポストとの合併増築が完了、これまでの2倍の規模の公立Thabang Gaunpalika Jaljala Hospitalへと成長しました。そして2年後には15床規模の本格的病院へのアップグレードが準備されています。
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2019年2月にネパールのジャーナリスト、スレンドラ・ラナ氏がタバン村の私たちの病院を訪問しました。
その時のインタビュー記事が、ネパール国内で発行されているツーリスト向けの英文雑誌に掲載されました。私がタバン村にやってきたいきさつ、これまでの村での取り組み、今後の展望など、多岐にわたる長時間のインタビューでしたが、この記事の中に丁寧に報告されています。
このインタビュー記事の日本語訳と元の英文へのリンクをご参照ください。
https://1drv.ms/u/s!Al1_XIve_lOpgYNgAGE7ZAH6qR-ZpQ?e=8oqnNW
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2018年8月
長らく、このホームページも休眠状態でしたが、活動報告スライドを作りました。リンク:https://1drv.ms/p/s!Al1_XIve_lOp9V7hSgUIXGxe9U_H”>https://1drv.ms/p/s!Al1_XIve_lOp9V7hSgUIXGxe9U_H

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日本の皆様へ、ネパールから            石田龍吉

key words: Noboru Iwamura, Norman Bethune,  Nepal,  Rolpa, Thawang, Medical Anthropology

人生の原点・二十歳のネパール

二十歳になったばかりの医学生時代、ユーラシア大陸を巡る1年余りの冒険旅行の中で、その大半の6ヶ月を過ごしたインド・ネパールは、私のこころの中に「第二のふるさと」として生き続け、その後の人生の原点となりました。

1968年、ポカラから歩いて約5日。西ネパールの病院に、岩村昇先生を訪ねました。先生は「戦前の日本の女工哀史に書かれていることが今ネパールで起こっている。インドに出稼ぎに出た若者が結核にかかって村に帰ってくると、免疫のない村人に爆発的に広がってしまう。結核の予防のためにBCGを打つことが大切な仕事になっている。」と話して、私を巡回診療に連れて行ってくれました。BCGをかついで山道を歩き、村の小学校に子供たちを集めてBCGを打ち、夜は土間のむしろの上でごろ寝をし、朝また次の村へ向かうという結核キャラバンでした。そこではよく「医者になったらぜひネパールに戻ってください。」と頼まれました。

原点からの再出発

帰国後、アジアと日本を隔てる壁を打ち破る生き方を模索する中で、国境を越え抑圧された民衆のために生きたカナダ人の外科医・ノーマン ベチューンの生き方に触れ、外科・整形外科医への道を選びました。60歳を目前に控えた2006年、あっという間に人生も終盤を迎えてしまいましたが、まだ人生の宿題、大切な約束は果たせていないとの思いがつのり、ネパール再訪を決断しました。それは人生の原点からの再出発の旅、青春時代の夢・ベチューンの生き方を再び追い求める旅でした。

当初は、国境なき医師団、JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)などNGOのお世話になり、またJICAなど有給の仕事も探しましたが、どうしても政府機関や既成NGOの資金に頼って出来ることには限界があり、最近は交通費などすべて手弁当で”民衆とともに歩む”“草の根派” に徹しています。

へき地医療のモデルをロルパ郡タバン村に

ネパールではこの間の僻地を中心とした経験から、僻地医療のモデルとなる地域としてロルパ郡タバン村を選び、現在ここを中心に活動をしています。

この村はネパールの最低所得地帯と言われている西部ネパールの山間僻地の地理的経済的困難を代表する村です。ネパールはアジアの最低所得国ですから、ここはアジアの最底辺という事になります。アジアで最も豊かな国に暮らした者にとって、その医療格差の現実は筆舌に尽くしがたいものがあります。しかし、ここには差別抑圧されてきた農民の抵抗運動の長い歴史と伝統があり、それを受け継ぐ村人達が中心となって進めている医療協同組合・病院建設運動があります。この運動は、政府機関の認可を得て2011年2月古びた間借り部屋の診療所から出発しました。現在3年経過し周辺の村人にも評価され、ロルパ郡北部のみならず、北のルクム郡からも多くの患者さんが受診し、すでに受診者数は8000名をこえています。

村の医科大学をめざして、新医療センターがオープン

昨年10月には有床診療所規模の建物が地域住民の熱い期待と物心両面にわたる支援によって完成し、“ジャルジャラ・コミュニティ医療センター・へき地医療研究所”としてオープンしました。新規に搬入された超音波エコー、酸素濃縮装置、無停電電源装置、高性能顕微鏡なども稼働し、骨折などの外傷・内科小児科などの重症患者の入院治療も始まりました。

将来に向かっての夢は大きく、ネパールの山間僻地の医療全体を変革するモデルとなる病院、調査研究センター、僻地医療の未来を担う人材を育成する“村の医科大学”、をめざしています。貧しく経験もない村人が中心になって立ち上げる計画ですから難題山積みですが、村人たちの力強い支援・協力によって一歩一歩前進しつつあります。

医療人類学・へき地医療調査・伝統医療から学ぶ

また私自身の課題として現在、新たな研究領域・”医療人類学“に挑戦しています。一昨年5月からカトマンズの国立トリプバン大学付属研究施設”ネパール・アジア研究センター“の調査研究員の資格を取得し 医療問題を”人類社会“という広い視点からとらえ返し、その学問的・理論的枠組みの中に調査実践の成果を位置づけ、医療格差・社会格差の変革への展望を明らかにしたいと考えています。

一昨年以降、地元の医療スタッフと協力してタバン村周辺地域の伝統的治療師の調査を行い、その中で伝統医療がへき地で果たしてきた重要な役割が明らかになってきました。それは、ヒマラヤの厳しい自然環境とのたたかいの中で培われてきた貴重な民族的文化遺産です。これまでの日本からのネパールへの医療支援はこのような歴史的現実を無視して日本式の近代医療を押しつける傾向にありました。僻地に伝わる民衆の知恵から学びつつ、その上に着実で自立的な発展を築いていくことが大切だと考えています。

今後このホームページでも、タバン村の医療・研究センターでの調査研究活動を中心にネパールでの活動を報告する予定です。よろしくお願いします。

アジアの最底辺から“平等で差別の無い医療”の展望を。
健康のために平和を、平和のために健康を、平等な世界を求めて。

2014年2月 カトマンズにて, 石田龍吉

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<資料>下記の文章は、施設建設を呼びかけるパンフレット(ネパール語と英語)を抄訳したものです。
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ジャルジャラ医療センター・へき地医療研究所 設立趣意書

(Jaljala Health Center & Rural Health Research Institute)
2012年11月

1)はじめに
タバンはロルパ郡の最も交通不便な地域のひとつです。郡の中心リバンから23キロメートル北、ルクム郡と接しています。タバンは海抜3639メートルの ジャルジャラ山の自然豊かな山懐にあり、マガル族など誇り高く純粋誠実、献身的で自己犠牲の精神を持つ人々が多く住み、差別抑圧に抵抗する民衆運動の永い 歴史など文化的・政治的に有名な村です。
しかし郡の中心の町リバンやルクムにある郡立病院まで歩いて二日、タバン村の小さなヘルスポストは難しい病気や出産には対応できません。また村人の多くは 貧しく、病院に行くとお金がかかるため町の病院へ行くことができません。そのため町の病院では簡単に治るささいな病気で多くの村人が死亡します。 タバン 村はロルパ郡北部の政治・行政・文化の中心地であり、もしここに医療センターがあればこの周辺地域19村の村人も利用でき、多くの村人の命が助かります。

2)診療所の定着から新医療センター建設へ
このような問題を解決するため村人が力を集め、2011年2月13日ジャルジャラ医療協同組合が発足しました。古びた間借り部屋から出発し、外来診療、X 線検査、超音波検査、理学療法、薬剤配布を実施してきました。この医療協同組合は現在設立後1年半経ちますが、周辺の村人にも評価されロルパ郡北部のみな らず北のルクム郡からも多くの患者さんが受診するため、現在の間借り部屋では手狭となっています。
この実績と現状を踏まえ、現在新しい医療センター建設が計画され、すでに村の一角に土地が確保され、着工への準備が進んでいます。

3)長期目標
①ネパール全体の僻地医療を変革します。
②そのための医科大学、教育病院、基礎的医療訓練センター、リサーチセンターへと発展させます。

4)基本的な方針
①コミュニティにおける健康問題に取り組み、予防から治療、リハビリまで実施する。健康教育を重視し、身体的だけではなく、精神的にも社会的にも健康に生活できる取り組みを行います。
③貧困のため病院を受診できず死亡する村人も多いが、医療を受ける権利は、どのような人に対しても平等な基本的人権であることを徹底させ、貧しい村人も安心して受診できる施設を作ります。
④医療組織の私物化やもうけ主義、汚職を一掃し、全ての人が平等に医療を受けることを可能にします。
⑤伝統医療と西洋医学を対立させるのではなく、互いに協力して調和したシステムを作ります。

5)各種の具体的課題
①タバンにあるヘルスポストでは出来ない各種の検査や治療が出来る施設を作ります。
②国内外のさまざまな医療組織や医療機関と連携をとり互いに意見を交換し、良質な医療を提供するためのアカデミックな活動を行い、また地域の伝統的治療師とも連携してへき地の医療健康調査を行います。
③医学を志す地元出身者を支援し、地域住民のためにはたらく医療従事者を育成し、医療従事者が都市部に集中している現状を変革します。
④伝統的な自然療法を活用します。
薬草(ハーブ)やアーユルベーダ、鍼灸、指圧などの伝統的な治療を取り入れ近代医療との統合をめざします。また伝統医療に使用する植物(ハーブ)を栽培することにより、地域の貧困削減を目指します。
⑤他の村にも出張してメディカルキャンプを実施し、歌や演劇等で健康に対する意識を高め、HIV/AIDSなどの予防教育を実施します。
⑥村の衛生環境改善、社会福祉増進のためのプログラムを作り、健康に関する冊子配布など啓もう活動を実施します。
⑦理学療法を実施できる設備、基礎的健康トレーニングセンターを作ります。
⑧母親や児童の健康に力を入れます。
⑨地域に密着し地域に開かれた病院を作るため、村人が直接参加する健康のための組織を作ります。
⑩僻地の人々も医療を受ける権利に目覚め切実に医療を要求しており、資金調達はタバンに病院を開設することを求めてきた村人の債権を中心に行います。
⑪医療ボランティアを受け入れ、国際NGOや外国で働く村人の援助、資金協力も要請します。

6) 結論:
① このジャルジャラ医療協同組合の新しい医療センターは貧困ゆえに医療を受ける権利を奪われた村人に良質な医療サービスを提供します。
② この挑戦はまた交通、教育、電気、通信などのインフラの改善とともに前進します。
③ それはネパールのへき地医療を変革する民衆運動の新次元を切り拓くものであり、歴史的な重要さを持っています。

団結した民衆の力で、新しい挑戦の成功へ。
November 2012

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